ホームページの山里の記憶コーナーに「布ぞうり」をアップした。この取材は前回のきゅうちゃん漬けとセットの取材だった。新井武男さん(93歳)と朝子さん(92歳)のご夫婦を続けて取材させていただいた。二人とも90を越えて、健康で暮らしている姿に驚きと感動をいただいた。晴れた日は普通に畑仕事をして野菜を収穫している。雨の日は武男さんが布ぞうりを作り、朝子さんはそれを飽きずに見守っている。
月に何回か嫁いだ娘や息子が様子を見に来るが、基本的には気ままな二人暮らしだ。布ぞうりを取材した日は朝から雨が降っていた。武男さんは黙々と布ぞうりを作る。朝子さんはお茶を入れて「お父さん、休んでのど湿しをしちゃぁどうだぃ…」と武男さんに勧める。武男さんは「ああ」と言ってやっと手を休め、お茶を飲んでタバコを一服する。その様子を朝子さんは横からじっと見つめている。
テレビの音もラジオの音もない、静かな静かな時間がそこに流れていた。「雨の日は静かでいいねえ…」という武男さんの声が耳に心地よかった。
自分は果たして90歳まで生きられるだろうか。もし生きられたとして、こういう豊かな時間を持ち続けることが出来るのだろうか。お二人を見ていてそんな事を考えていた。何気ない光景だが、すばらしい光景だった。
もちろん出来上がった布ぞうりのすばらしい事は充分に知っている。履き心地の良さは使ってみてよくわかったし、色使いのセンスもすばらしいものだった。たまたまかもしれないが、薄い黄色と爽やかな青の組み合わせがじつに夏らしい配色になっている。
お土産にいただいた二足は、今使っている竹皮ぞうりが駄目になったら使わせていただくことになる。そして、布ぞうりを履くたびに思い出すのは、たぶんあの日の光景なのだと思う。
何気ない老夫婦の日常、何気ない会話、何気ない心配り……そんな時間を共有できた貴重な取材だった。
白いシャツは絵に描く時は楽だけど、絵が出来上がってみると何だか物足りない気がする。などと、出来上がりを眺めながら思った次第。人間なんて勝手なものだ。