2月17日、小鹿野町藤倉に「えびし」の取材に行った。取材したのは馬上(もうえ)の酒井佐恵子さん(76歳)で、昔ながらの郷土食に自分流の工夫を加えたえびしを作っていただいた。オリンピックの男子フィギアの放送を気にしながらの取材だったが、佐恵子さんは詳しく説明しながらえびしを作り上げてくれた。
えびしは上吉田から倉尾地区で作られてきた郷土食だ。くるみやピーナツ、ゴマ、トウガラシ、ショウガ、青のりなど10種類以上の材料を小麦粉に混ぜ、お酒と醤油で練って20分間蒸かすもの。冷まして薄く切って食べる。材料や調味料に各家庭の特色と工夫があり、名人と言われる人のえびしは本当に旨い。
たらし焼きと違って材料が高価なので販売に向くものではなく、売られている事は少ない。昔は結婚式の膳部を飾る一品だった。家でご祝儀を挙げていた時の名残の料理だ。元々は兵糧として作られていたようで、戦国時代から作られていたという説もある。
なぜ、この地区だけで作られてきた郷土食なのかを考える。この馬上(もうえ)地区はその昔、日尾城(ひおじょう)の館群があった場所だ。合角(かっかく)ダムのある場所は、日尾城の馬場や根古屋があった場所であり、佐恵子さんの家がある場所は耕地名を殿谷戸(とのがいと)と言い、佐恵子さんの家は殿様が住んでいた家だという。
日尾城の侍たちが住んでいた場所とえびしの作られている場所が重なるのは偶然だろうか。兵糧として作られていたえびしが一般の家庭に伝播していったのではないか。高価な材料を使う祝いの膳にその名残が残ったのではないだろうか。そんな事を考えながら佐恵子さんの先祖の話を聞いていた。
昼前に蒸し上がったえびしが冷めるのを待って薄く切る。ほの温かいえびしを口に運び頬張ると、甘さがくる。歯触りはもっちりとやわらかい。噛むと大きなクルミやピーナツが良い噛みごたえを感じさせる。ほんのりピリ辛が残るのはトウガラシゴマの味だろうか。複雑な味がひとつにまとまり、立派なお茶請け、酒の肴が出来上がった。
郷土食として有名だが作る人は少なくなっている。今はごちそうがちまたにあふれているので、この郷土のごちそうも影が薄い。昔の食料事情を考えると、とてつもないごちそうなのだが、それが伝わらないのがもどかしい。