2/4 イニシェリン島の精霊 (5)
この映画を観る前に司馬遼太郎の「愛欄土紀行1・2」を読んだ。普段はそんなことはしないのだが、この映画に限っては事前知識がないと難しいかもと思ったからだ。私のアイルランドに関しての知識は全てこの本によるものだ。もし読んでいなかったら、内容を理解するのも難しかったかもしれない。
映画の時代は1923年。アイルランドの小さな孤島イニシェリン島。島で暮らす主人公は、長年の友人音楽家から絶縁を言い渡されてしまう。理由もわからないまま、事態を解決しようとするが、音楽家は頑なに彼を拒絶。ついには、これ以上関わろうとするなら自分の指を切り落とすと宣言する。
島の風景がすごい。岩盤の上に岩盤を砕いた石で柵を作り、中に土を集め草を生えさせる。何百年もかけて作られたアイルランドの風景が美しくも厳しい暮らしを表現する。
まるで舞台劇のような難解な台詞回し。一度見ただけでは正確に理解できない難しい台詞の連続。主人公と友人の家、そして村のパブで物語が静かに展開して行く。決して大きな盛り上がりや事件があるわけではない。意固地さで自分が言った通りに自分の指を切り落とす音楽家の凄まじさが際立った。
アイルランド人の気質を知ると少し理解が進む。途方も無い意固地さ、信じがたいほどの独り思い込み、底抜けの人の良さ、無意味な喧嘩好きと口論好き、絶対に負けを認めない超人的な負けず嫌い。加えて二律的に図式化された思考法。一かゼロか、敵か味方か、表か裏かなどなど。
アイルランド人監督が描きたかったのは、アイルランドの根本的な問題点だったのではないか。イングランドに支配され、搾取され、優秀な人間が皆アメリカに移住してしまう歴史。美しいが不毛な大地は何も生産しない。望んでも得られないものが多すぎる。対立が続き、決着する気配もない。
閉鎖された何の変化もない退屈な生活。そんな生活を嫌になり妹は島を出て行く。主人公は家畜の世話があるから島を出られない。音楽家は名作を世に残そうと苦闘し、イニシェリン島の精霊という曲を完成させる。ぶつかり合う二人の精神。精霊を具現化したかのような老婆の存在も劇的だった。台詞の言い回しに込められた諧謔性や隠れた意味がわかればもっと面白かったのだろう。
音楽家の家に日本の古い能面が飾られていた。この時代よりも少し前になるが、アイルランド人のイエイツやラフカディオ・ハーン(小泉八雲)などが日本の能を世界に紹介している。史実に基づいているが、こんな辺地の島に能面が来ていることに驚かされた。音楽家の精神性の高さを表している。
ちなみにアイルランド人は日本が好きだという。その理由は第二次世界大戦でイギリスと戦ったから。そのくらいイングランドには恨みがあるらしい。